腰椎分離症を抱えながら投げきった高校球児の話

成長期の激しいスポーツで、腰の骨の椎体と椎弓をつなぐ部分が疲労骨折を起こすことがあります。これが腰椎分離症です。中学生で腰椎分離症になり、その後も野球を続けて活躍した高校球児の話をご紹介します。

 

◆中学生で腰椎分離症を発症

野球部ピッチャーのU君は小学生から野球をやっていて、中学生の時に腰椎分離症になりました。その後、腰痛を抱えながら野球を続け、千葉県の強豪校に進学しました。しかし更に練習が厳しくなり、毎日練習後に帰ってきては腰の痛みで泣く日々が続いたそうです。それから整体院や接骨院などを転々としました。中には精神論を説かれたところもあったそうです。そして、高校1年生の冬に当院へ来院されました。

 

◆腰椎分離症からのスタート

カラダを見ると、腰の生理湾曲がほとんどなく、股関節もお尻の筋肉の固さの影響で可動が失われていました。この状態では、投球動作でカラダをひねる際、椎弓と呼ばれる部分が、上下別方向へ回旋するストレスがかかり、腰椎に負担をかけてしまいます。このまま悪化すると、腰椎分離症から椎体部分がさらに前方にズレて、腰椎すべり症になる可能性もあります。

 

                spondylo003.jpg

 

初めは腰の生理湾曲をつけることを第一に、全身のバランスを整えていきました。施術後、腰を後ろに反ったときの痛みは半分以下になっていました。その光景を見たお父さんが一言、「他とは全然違います。あとは先生にお任せします。高校で野球を終えるまで宜しくお願いします」とおっしゃったのです。

練習を休むとレギュラーから遠ざかってしまうということなので、部活を休むことはできません。ですが週に1回部活が休みの日に来院し、生理湾曲をつけ股関節周りの可動改善と上半身の回旋動作の起点となる胸郭の調整を行いました。更にプロ野球選手も使用している、体幹を構成する骨盤と胸郭の歪みを整えるためのリアライン・コアという運動補助具を使い、人の手では行えないような動きの中の歪みの調整も行いました。

 

◆腰椎分離症を克服して最後の大会に初登板

東葉コンディショニングに通い始めてから1ヵ月後には、腰椎分離症を発症してから、一度も無くならなかった腰を反らした時の痛みは無くなり、練習中の痛みも徐々に減っていきました。さらに半年後には腰の痛みを感じずに練習が行えるようになりました。その後も練習や練習試合があり、月に1回しか来院できない時もありましたが、身体の歪みを整えるためにメンテナンスで通院し、高校3年生最後の夏の大会でチャンスをつかむことになるのです。

U君の高校は選手層が厚く、これまで公式戦に一度も出たことはありませんでした。しかし監督は、練習を休まずに毎日必死に練習するU君の姿を見ていました。選手登録変更の締め切り直前、監督から「お前は入れるから」と言われたそうです。そして最後の夏の大会、5回戦に初の公式戦で先発登板。相手はAシードの強豪校。そんな大一番で見事勝利を勝ち取ったのでした。

子供の頃から激しいスポーツをして、腰椎分離症になってしまう子は他にも多くいると思います。現役時代にケガで苦しみ、思うような結果を残せない子もいるでしょう。昔のケガが大人になってから影響を与えることもあります。特に激しいスポーツをしている子には、しっかりカラダのメンテナンスをすることをオススメします。U君の親御さんのような方からのご相談も東葉コンディショニングは受け付けています。

 

 

著者プロフィール

著者アイコン
小橋悟
子供の頃から母親のカラダの不調を見ていて、 整体の仕事に興味を持つ。また、自身のひざの故障や人間関係に 悩んだ経験から「ココロとボディケアの プロフェッショナルになり社会に貢献したい」 という想いが強くなる。解剖学や運動学の本を読むのが趣味で、テキスト作りからセミナー講師までをこなしている。

関連記事